一般言語学演習
「残留孤児のアイデンティティーと教育の問題のついて」
61064 瀬分 智子
はじめに
中国残留邦人の日本引き揚げは、昭和21年〜24年にはじまりました。しかし、社会主義体制の新中国成立のため一時中止されました。その後、昭和28年〜33年までに、集団引き揚げが再開されました。けれど、自分の身元さえ知らない残留孤児、中国に生活基盤を築いた、中国残留婦人は、帰国できませんでした。終戦50年の今、大部分が、永住帰国、一部も一時帰国と帰国を強く希望する傾向にあります。ここでは、そこで起こってくる問題について5つの項目に分けて調査してみました。
1、時期・数
昭和46年 第1次肉親調査開始〜平成10年1月31日 現在まで
孤児総数:2681名(うち身元判明者1256名)
既に永住帰国者数:2151名(身元判明者995名、未判明者1156名)
既に一時帰国者数:791名(身元判明者635名 、未判明者156名)
現在中国に残っている孤児数530名
2、住んでいるところ
都道府県別居住地
東京 21.9% 大阪 7.2%
神奈川 9.0% 千葉 5.7%
愛知 7.3% その他 48.9%
上のデーターを見ればわかるように、関東地方及び大阪のように、大都市圏に人口が集中しています。これは、人口の問題もありますが、日本語教育の施設がととのっているということがあります。また、当初田舎に住んでいた場合でも、都市のほうが、帰国者の仲間がいるためそこに移る人がいるためといえます。
3、アイデンティティー・意識
昭和46年に第1次訪日肉親調査が、開始されたことにより、日本人は、残留孤児の存在を知ることになったのですが、孤児というには、あまりにも長い歳月を日本とのつながりのないまま中国社会で生活してきたことから、日本人とはいえ、言葉、習慣、価値観などは、すべて中国社会で身に付いたものです。孤児にも2種類あり、子供のころから、日本人・鬼の子などと、差別をうけ、自分は日本人でいつかは、日本に帰るのだと思い続けてきた人、養父母が亡くなる直前まで、自分が、日本人孤児であることを知らなかった人もいます。いずれも、「本当の親に逢いたい、親の国日本とは、どんな国なのか自分は一体何者なのか」との思いから「日本へ自分の存在を確認するために、帰国する」といえます。
4、日本語能力 (書けるか、話せるか、中国語しか話せない人が多いのはなぜか)
残留当時は、10歳未満であったので、ほとんど日本語はできないといえますが、彼らの日本語学習の希望は強く熱心に学習に励む者も多い一方、一部ではあるが、自分二は、学習能力がないとして全く学習をあきらめ、外部との接触を拒んでしまう人もいます。
<日本語の拾得状況>
次のデーターは厚生省が、永住帰国した孤児が、独立で、日常会話を営めるか調査した結果です。(日常会話とは、郵便局、銀行、買い物などで、自分の用をたせるかです)
帰国前 0.8%
1年未満 25.5% 3年以上 18.0%
1〜2年 16.7% 未収得 27.9%
2〜3年 11.2%
5、教育の問題
中国帰国者にための日本語教育は、当初その必要性すら、充分に認識されていませんでしたが、帰国者の数が増えるに従って、言葉の問題が深刻なものであると明らかになってきて、国も、昭和52年彼らに対して、日本語教材を配布するようになった。別紙の図1は、帰国者の定着までの学習過程です。けれどこれには、まだまだ問題があります。帰国者へのアンケートによると、理想的な指導者は、中国語ができ、日本語教育の経験があり、中国人の考え方に理解を持ったどの学習者とも公平に接する若い先生となっています。
表1、2は都道府県別の日本語教育実施機関です。これを見てもわかるように、理想と現実には、大きな隔たりが、あります。
また、学習適性に関係する要因として、7つのことが挙げられます。(1)中国での生活(2)出身地域(3)中国での学習経験<学歴>(4)中国での職業(5)日本語学習歴(6)年齢差(7)個人差です。なかでも(3)は、孤児及びその配偶者世代は、高等教育以上 7.4% 高卒程度 23.5% 中卒程度 11.1% 小学校卒業程度 24.7% 小学校中退程度 11.1% 学歴なし 22.2%<このうち完全に中国語の読み書きができない人16.0%>というように小卒程度以下が6割、しかもその2割は、ほとんど中国語の読み書きができません。従って、学習の仕方という基本的な事から、教えなければならないので、学習は、大変といえます。
○日本国籍の取得状況
既に日本国籍取得 94.7% 手続き中 2.9% 日本国籍なし 2.4%
○帰国後の感想
良かった 19.4% まあ良かった 45.6%
どちらともいえない 20.4% やや後悔 11.4% 後悔している 3.2%
上の結果からもわかるように、手続き中も含めて97%が日本国籍を取得、まあ良かったも含め65%の人が、帰国して良かったと思っています。これは、良い傾向ですが、訪日肉親調査が、昭和61年にほぼ完了したことにより、帰国者に対する国の施策の重点は、「身元調査」から「帰国援護」へ、さらに「定着援護」へ移されています。現在のシステムでは、不十分なことを改善していくのが今後の課題といえます。
参考文献
○文化庁文化部国語科編(1997.04.25)『中国帰国者のためのQ&A』(大蔵省印刷局発行)
本書は、定着地における中国帰国者をどう支援するかをテーマに、編集されている。大きく3つに分類され、T、中国帰国者と日本社会 U、マンツーマン方式の学習支援 V、クラス方式の学習支援にわけられます。Tでは、中国帰国者の理解を、UVでは、現在行われている学習支援の実際に即して、取り組みの事例と問題点を改善するためのリストが、中心となって、います。また、実際の指導に役立つよう資料も充実してます。
○
(1991.10.30)『講座 日本語と日本語教育14巻』山田泉 〜中国からの帰国者とその子女のための日本語教育〜(明治書院)本書では、主に日本語教育の指導法について、述べられている。学習者の異文化適応、異文化行動能力なども考慮しつつ、述べられている。また、学習者の理解だけに、とどまらず、教師の役割についても説明されている。
○(1991.10.30)『講座 日本語と日本語教育16巻』山田 泉〜中国からの帰国・移住者のためのプログラム〜(明治書院)
中国帰国者の理解および、定着のための、日本語教育の方法、システムなどについて、14巻の補足として、詳しくのべられている。実際に、文化庁、文部省などの資料も掲載されており、わかりやすい。また、残留孤児だけにとどまらず、孤児の子女、配偶者のことまで、詳しくのべられている。
○社会法人・日本語教育学会編(1995.02)『日本語教育の概観』
日本語教育について、多方面から述べられている。中国からの帰国者に対する日本語教育では、帰国者数などの数値もしることができる。 また、中国からの帰国者の訪日後の日本語学習過程において、くわしくのべられている。
○文化庁編 (昭和60年3月25日)『中国からの帰国者のための生活日本語TU』
本書は、中国帰国者のための、日本語教科書で、2冊にわかれている。中国語と日本語の両方でかかれており、帰国者が、どのような、学習をしているかが、わかる。主に、日常生活において、必要な例文がおおく、練習問題などもある。帰国者の日本語教育の過程を知るうえで、役にたつ。
○社会法人日本語教育学会(1995.5.26)『ひろがる日本語教育ネットワーク 最新事例集』(大蔵省印刷局)
本書は、大きく分けて、前半部(第1,2章)を日本語ネットワークについての理論的な解説に充て、後半部(3,4章)で、具体的な事例を挙げる事によって、日本語教育の実態がより、把握しやすいようになっています。また、4章では、中国帰国者にたいしての支援ネットワークの構成についても述べられています。
○言語生活308(1977.5.1)『特集 日本語のできない日本人』高田 誠 〜ルポルタージュ・中国からの引揚者の日本語教育〜
この論文は、日本語のできない日本人の特集をしています。まずはじめに、ちかごろの若者は、日本語もろくにしゃべれないと言ったことから始まって、本当にしゃべれない人について、4人のひとが、座談会形式で、意見をのべています。61〜67ページでは、引揚者の1家族が、日本に定着する過程までが、述べられています。残留孤児自身だけではなく、その配偶者、子女の日本語教育や、学校や自治体の対応の仕方ものべられている。
○言語生活11−8『特集・異文化間コミニュケーション』森本 英之〜中国帰国者の文化衝突〜
これは、中国残留孤児のAさんとその家族についての日本定着までです。Aさん家族は、中国でも比較的高い教育をうけていたので、ほかの残留孤児一家と違うので、日本の親戚や自治体とすれ違いがおおかったことが、わかります。この一家をとおして、日本人との文化衝突をおこしてしまう人が、多く発生していることが、わかります。
○言語生活376『特集・日本語教育と二重言語生活』太田 知恵〜時空の隔てをに乗り越えて〜
これは、東京の夜間中学に勤めている著者が、中国からの帰国者たちと接しての体験談である。著者の勤めている夜間中学の日本語学級を例に、生徒数、クラス分けの方法、教員数、学期、日数、時間、教材、年齢、など細かいことまで、述べられている。また、厚生省からの援助のこと、帰国前の経歴、学習歴など、教師の立場から、問題が、提言されている。日本語の問題だけでなく、生活相談、職業指導、健康相談など、帰国者にかかわる問題も、提言されている。
○中国帰国孤児定着促進センター紀要第1号(1993)『中国帰国者に対する日本語教育』小林 悦夫〜経緯と今後のありかた〜
本稿では、比較的公的なサポート体制が、整っているとされる中国帰国者に対する日本語教育のシステムについて、これまでの経緯を振り返り、その上で、その問題点と今後のサポート体制のあり方について述べられている。また、公的なサポートセンターを終えたあとの問題についてや、今後必要になってくることについて、提言してある。
○ 『日本語学習者のイメージ』佐藤 恵美子〜帰国した中国残留日本人孤児に教える〜
中国帰国孤児定着促進センターで、教えている人が、彼らが、日本に定着するまでを書いている。大きく分けて3つにまとめられており、1,適応教育としての日本語教育、2,センターの日本語教育 3,センターでの日本語教育の問題点と今後の展望についてである。この中国帰国孤児定着センターは、厚生省が、来日直後、または、来日して間もない「中国残留日本人孤児」と呼ばれる人々とその同伴家族を対象に、かれらの定着を促進することを目的としている公的機関である。だから、比較的めぐまれた、帰国者たちのことが、のべられている。
○ホームページ『同声・同気(とんしゃん・とんちー)』
http://www.kikokusha-center.or.jp/
このホームページは、中国帰国者定着促進センターが、作っているものです。頻繁に更新されており、最新の資料などを調べるのには、便利です。主に残留孤児についてですが、異文化交流や関西の日本語教室など、関係あることは、ほとんど掲載されています。また、このページから、文化庁、厚生省、文部省などの政府機関の資料や新聞社の資料も調べられます。
○(1996.01)『中国帰国生の言語発達に関する調査』〜バイリンガル能力の発達・中国残留孤児の言語発達を事例として〜清田 洋一
これは、同声・同気のホームページに掲載された論文です。主に、中国残留孤児のアイデンティティーに関わる視点から、調査を行ったものである。本や雑誌だけでは、調べきれない細かい情報が多い。残留孤児だけではなく、その子女についても調べられている。これは、東京都内の中国帰国者について彼が、独自に調査したものだが、帰国者は、関東地方が、ほとんどだからとても参考になる。
○(1997)『バイリンガル能力の発達における社会文化的影響の研究』〜中国引き揚げ者の子弟の言語環境を事例として〜清田 洋一
これも、ホームページに掲載されている論文です。現在日本の教育現場では、日本語を母語としない人の数が、増加しています。海外勤務者の子弟、外国人労働者の家族、中国残留孤児、および残留婦人の子弟などである。これらの人は、日本語以外の言語を母語とすると同時に、母文化として、日本文化以外のものを身につけている。このような人に対して第二言語としての日本語を教えるためにはどのような配慮をしたらよいのか、彼らの母語と日本語の関係は、一体どのようなものかということなどを述べている
○(1996.01.12)『同声・同気5号』〜共生社会の日本人とこれからの帰国者支援〜
50・60代の帰国孤児本人は、日本語を習得する希望があっても、習得には、限界がある。したがって、不十分な日本語力で、日本社会へ参加することを余儀なくされます。そのため、受け入れ側の職場、地域社会は、文化、慣習のちがう人々と共に働き、暮らしていかねばならない。ここでは、援助というより、彼らと共生するという視点で、これからの帰国者支援を述べている。
○(1997.09.11)『同声・同気10号』〜この年でいまさら、日本語の勉強なんて?〜
日本語を勉強したいという気持ちは、あってもいざとなると何をやりたいか、何をしていいか分からないという40・50代の学習者の悩みについてにのべられています。彼らの日本語習得は、日本で永住するためには、必要なことです。ここでは、日本語教育のニーズについて、調査されています。